パチンコの特殊景品はなぜ金なのか|風営法23条を読んだら「金にしろ」とはどこにも書いていなかった

マネー

勝った日、カウンターで受け取るのは、いつも小さなプラスチックの板だった。

俺はそれを換金所の小窓に何度も差し込んだ。パチンコとパチスロに20年で720万円溶かした側なので、受け取った回数より、財布から金を出した回数のほうが圧倒的に多い。それでも、あの板の手ざわりは覚えている。薄くて、思ったより軽くて、角が少し丸い。

中に金(きん)が入っていると知ったのは、やめてからだった。20年通っていて、一度も調べたことがなかった。

風営法23条を開いた

パチンコの賞品について書いてある条文は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の第23条だ。1項を、省略せずに全部書き写す。

第二条第一項第四号の営業(ぱちんこ屋その他政令で定めるものに限る。)を営む者は、その営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない。

一 現金又は有価証券を賞品として提供すること。
二 客に提供した賞品を買い取ること。
三 遊技の用に供する玉、メダルその他これらに類する物(次号において「遊技球等」という。)を客に営業所外に持ち出させること。
四 遊技球等を客のために保管したことを表示する書面を客に発行すること。

これで全部だ。四つしかない。

決まっていたのは、2つだけだった

読み返して、自分の思い込みが外れた。

賞品について決まっているのは「現金と有価証券を賞品にしてはいけない」ことと、「店が、自分で渡した賞品を買い戻してはいけない」こと。この2つだけだ。

「金にしなさい」とは、どこにも書いていない。それどころか「特殊景品」という言葉が、条文に一度も出てこない。

俺は20年、あの板は法律で決められた形だと思い込んでいた。等価交換がなぜ禁止されたのかを調べたときと、まったく同じ間違いをしていた。あのときも、交換率は条文に一言も出てこなかった。

「有価証券」がダメ、の意味

一号で止められているのは、現金だけではない。有価証券も入っている。

ここが効いている。もし商品券やギフト券を賞品にしてよければ、店はその場でほぼ現金を渡せる。金額が額面で決まっていて、誰でも同じ値段で使えるからだ。それを先に塞いである。

三号と四号も、並べて読むと筋が通る。玉やメダルを店の外に持ち出させてはいけない。預かった枚数を書いた紙を客に渡してもいけない。玉そのものにも、玉を証明する紙にも、外で価値を持たせないという設計だ。

賞品は物で渡す。店は買い戻さない。玉は外に出さない。条文が決めているのは、この骨組みだけだった。

昔はボールペンだった

特殊景品が最初から金だったわけではない。ボールペン、ライター、文鎮。時代によって中身が変わってきたと報じられている。

これは大きい。同じ条文の下で、金以外でも成立していたということだからだ。金でなければならない理由は、少なくとも法律の側にはない。

では、なぜ金になったのか

条文の組み立てから、ひとつだけはっきり言えることがある。

店は、自分が渡した賞品を買い戻せない(23条1項2号)。だから買い取るのは別の業者になる。ここで必ず問題になるのが、誰が値段を決めるのかだ。

業者が値段を自由に決められるなら、店と業者のあいだで実質的なレート操作ができてしまう。金なら違う。相場が店の外にあって、毎日動いている。誰かが決めた値段ではなく、外で勝手に決まっている値段という形になる。

買い戻しを禁じた一行が、値段の決め方まで押し出した。俺が条文から言えるのは、ここまでだ。

物としても都合がいい。小さくて軽い、品質が均質で見分けがつく、相場が毎日公開されている。ボールペンや文鎮にはない性質が、金には全部そろっている。

暴力団を排除するためだった、という説明も見かける。ただしそれは条文には書かれていない。だからこの記事では、そこまでしか書かない。条文に書いてあることと、そう言われていることは、分けて置いておく。

あの板は、景品であって商品でもあった

いま出回っている特殊景品は、地域で中身が違う。東京は純金の入った小さなカードで、金の重さで数種類あると報じられている。金相場が上がれば、同じ板の価値も上がる。

つまり、あの板は景品であると同時に、相場で値段が動く商品でもある。俺が握っていた頃と今とでは、同じ板の値段が違う。

ちなみに賞品そのものの上限は、風営法施行規則36条3項で9,600円(+消費税等相当額)と決まっている。これは等価交換を調べたときに条文で確認した数字だ。上限は決まっている。中身は決まっていない。

金だと分かった瞬間に、終わる人がいる

この記事を書きながら、取材で聞いた話をひとつ思い出した。

パチンコをやめた人に毎晩話を聞いている。その中に、実機を買って家で打った人がいた。店と同じ台を、同じ演出で、好きなだけ打てる環境を手に入れた。それで、面白くなくなってやめたそうだ。

面白かったのは台ではなく、金のほうだった、ということになる。

特殊景品は、それを一番わかりやすい形にしたものだと思う。演出でも、台でも、勝った実感でもなく、最後に手元に残るのは、金の入った小さな板ひとつだ。

俺は20年、その板のために朝から並んでいた。なぜ並んでいたのかを調べた記事にも書いたが、並んでいる理由すら、当時は考えたことがなかった。

20年、中身を見なかった

整理すると、こうなる。

法律が決めていたのは「現金と有価証券を渡すな」「自分で買い戻すな」「玉を外に出すな」。それだけだ。金は、その枠の中で業界側が選んだ形であって、法律が指定した素材ではない。

店の外に換金所がある理由も、これと地続きになっている。そちらは換金所はなぜ店の外にあるのかを調べた記事に書いた。買い戻せないなら、買う人は外に要る。それだけの話だった。

台が数年で消える理由も、4号機を調べたときに同じ形で出てきた。誰かの悪意ではなく、条文と期限がそのまま風景になっている。

20年通って、俺は一度も中身を見なかった。見ないまま、720万円を渡していた。板を換金所に差し込む2秒を、たぶん何百回もやっている。あの2秒の中身を、いま初めて数えた。

あなたは、あの板の中身を見たことがありますか。

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