コンビニで「32番」と言って、金を出して、受け取る。13年やっていた。
店員の後ろには、天井近くまで銘柄が並んでいる。俺はその棚をほぼ毎日見上げていたのに、なぜあれがレジの後ろにあるのか、一度も考えたことがなかった。
ずっと万引き防止だと思っていた。小さくて高いから、手の届かない場所に置いてあるんだろう、と。
調べた。結論から書く。出てきたのは、防犯の話ではなく、たばこ事業法と財務省の告示だった。
結論:レジの後ろは「隠す場所」ではなく、広告が許された場所だから
日本には、たばこを店頭から見えないようにしろ、という法律がない。
それどころか、財務省は広告についてこう説明している。たばこ広告は「たばこの販売所及び喫煙所以外の公共性の高い場所で行うことを禁止」している、と。
裏返すと、こうなる。
たばこの販売所――つまりコンビニの中は、たばこ広告をしてもいい、数少ない場所だということだ。
あの棚は、隠されているのではない。唯一、堂々と見せられる場所に置かれている。
根拠:たばこ事業法40条と、財務省の告示
たばこの広告を規制しているのは、たばこ事業法(昭和59年法律第68号)第40条第2項だ。この条文は、広告そのものを禁止していない。財務大臣が「指針」を定める、と書いてあるだけだ。
その指針が「製造たばこに係る広告を行う際の指針」である。現在のものは財務省告示第109号(令和4年4月1日改正)。もとは平成元年の大蔵省告示第176号から続いている。
中身を読むと、構成がはっきりしている。媒体ごとに書かれているのだ。
| 指針が名指ししている媒体 | 内容 |
|---|---|
| テレビ | 未成年者が少ない夜間の時間帯に。放送量に配慮 |
| ラジオ | 未成年者向け番組には行わない |
| 新聞・雑誌 | 警告文言をはっきり表示 |
| ウェブサイト等 | 20歳以上のみを対象にできる場合を除き、行わない |
並んでいるのは、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・ウェブだ。「店頭に商品を並べること」は、この一覧に入っていない。
だから、レジの後ろのあの棚は、規制の対象になっていない。
ただし、日本は条約を結んでいる
ここが引っかかったところだ。
日本はたばこ規制枠組条約(FCTC)の締約国で、その第13条は、たばこの広告・販売促進・後援の包括的な禁止を求めている。
そして国立がん研究センターなどは、コンビニのレジ付近での陳列販売そのものが、広告・販売促進にあたると指摘してきた。禁止すべき対象だ、という立場だ。
それでも日本の対応は、法律による禁止ではなく指針と業界の自主規準で止まっている。日本たばこ協会が自主規準を作ったのは1985年4月で、40年前だ。
WHOの2021年の報告書では、この点について日本は4段階評価の最低とされたと報告されている。理由は「制限が自主規制にとどまっているため」だった。
海外では、あの棚が消えている
ここでいちばん驚いた。他の国では、店頭からたばこが見えない。
「たばこ陳列禁止(display ban)」と呼ばれる規制で、法律で店頭に並べること自体を禁じている。
| 国 | 時期 |
|---|---|
| カナダ | サスカチュワン州を皮切りに州ごとに導入。オンタリオ州とケベック州は2008年5月、最後のニューファンドランド・ラブラドール州が2010年1月1日 |
| イギリス | Health Act 2009で規定。大型店は2011年10月まで、小規模小売は2013年に撤去 |
| オーストラリア | 専門店を除き、全州・準州で実施 |
これらの国のコンビニでは、たばこは扉のついた棚やシャッターの内側にある。客からは見えない。銘柄を言って初めて、店員が開けて出してくる。
つまりレジの後ろに並んでいる光景は、世界共通ではない。日本がまだそこに手をつけていない、というだけだった。
では、万引き防止説は間違いなのか
間違いではないと思う。
小さくて、単価が高くて、換金しやすい。店側が手の届かない場所に置きたい理由は、実際にある。これは店の判断としてまったく合理的だ。
ただ、法律で「レジの後ろに置け」と決められているわけではない。そこは分けて考えたほうがいい。
防犯上そこに置きたい店側の事情と、そこなら広告が許されるという制度側の事情。この2つが、たまたま同じ場所で一致している。だからあの棚は、なくならない。
数字で見ると、あの棚は何なのか
コンビニにとって、たばこは小さな商品ではない。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 1店舗あたりの1日の販売箱数 | 約260箱(2024年2月期・データ分析サイトの集計) |
| かつてのピーク | 1日約380箱(2009年ごろ) |
| 売上に占める割合 | 大手チェーンの統合報告書をもとにした分析では約27%と報じられている |
⚠️この売上比率は、公表資料をもとにした分析記事から取った数字で、俺が原典で確認できたのは販売箱数のほうだけだ。断定はしない。
それでも、1日260箱という数字は重い。1店舗で、毎日260回、あの棚の前でやりとりが起きている。
13年、俺は番号で買っていた
調べ終わって、自分のことで一つ気づいた。
俺は銘柄名ではなく、番号を覚えていた。
「マイルドセブンください」ではなく「32番」。店が変われば番号も変わるので、そのたびに覚え直していた。
これはよく考えると、おかしい。商品名ではなく、棚の座標を覚えていたということだ。そこまで棚に最適化されていた。
そして13年間、その棚を見上げながら、なぜそこにあるのかを一度も考えなかった。
パチンコの換金所がなぜ店の外にあるのかを調べたときも、まったく同じだった。20年通って、一度も考えていなかった。毎日通る場所ほど、理由を考えない。
まとめ
- 日本にはたばこの店頭陳列を禁止する法律がない
- 広告を規制しているのはたばこ事業法40条2項と、それに基づく財務省告示第109号。中身はテレビ・ラジオ・新聞・雑誌・ウェブの媒体別で、店頭の陳列は入っていない
- 財務省は広告を「販売所及び喫煙所以外の公共性の高い場所」で禁止と説明している。裏返せば、販売所の中は許されている
- 日本はFCTC第13条の締約国で、条約は包括的禁止を求めている。WHOの2021年報告では日本の評価は4段階で最低と報告されている
- カナダ・イギリス・オーストラリアでは陳列そのものが禁止され、店頭からたばこは見えない
- 万引き防止という店側の理由も本当。ただし法律の義務ではない
あの棚は、隠されていたのではなかった。見せていい場所が、そこしか残っていなかっただけだ。
俺は13年、番号でそれを買っていた。やめてから9年、あの棚の前を通っても、もう番号は思い出せない。数えているのは金額のほうになった。
40代、まだ間に合う。
【この記事で使った出典】
- たばこ事業法(昭和59年法律第68号)第40条第2項
- 「製造たばこに係る広告を行う際の指針」財務省告示第109号(令和4年4月1日改正)/前身=大蔵省告示第176号(平成元年)
- 財務省「たばこ・塩に関するQ&A」(FCTCと国内措置について)
- たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(FCTC)第13条
- 国立がん研究センター等によるFCTC第13条ガイドライン関連資料
- WHO報告(2021年)にもとづく国内ファクトシート
- カナダ各州/英国Health Act 2009/豪州の陳列規制に関する各種公開資料
- コンビニのたばこ販売箱数に関するデータ分析記事(2024年2月期)
※法令・行政の運用は変わります。数字は公表資料および報道の時点のものです。断定できない部分は「報じられている」と明記しました。


コメント