先に、いちばん大事なことを書いておく。
俺はがんになっていない。だからこの記事に、闘病の話は一行も出てこない。
ここに書くのは、13年タバコを吸って285万円を煙にした人間が、「じゃあ、がんになったら実際いくら要るのか」を制度と統計で全部調べた記録だ。
調べようと思ったきっかけは、ひとつの違和感だった。
がんになった人は、そろって「保険に入っておけ」と言う。でも、「いくらかかった」とは、あまり言わない。
金額が出てこないまま「入っておけ」だけが残る。だから怖い。
だったら数字を出そうと思って、電卓を叩いた。
結論:医療費は「年53万円」で頭打ちになった。足りないのは、そこじゃなかった
先に結論を書く。
2026年8月から、高額療養費制度に「年間上限」ができた。年収約370万〜770万円の人なら、1年間の医療費の自己負担は53万円で止まる。それ以上は、いくら治療しても払わなくていい。
つまり「がんの医療費」は、貯金で届く射程に入っている。俺がタバコをやめて浮かせた213万円は、この上限の4年分にあたる。
ただし、調べていくうちに、もっと大きい穴が見つかった。
本当に消えるのは、治療費ではなく「収入」だった。順番に見ていく。
① まず前提:40代の男は、2人に1人以上ががんになる
国立がん研究センターの最新がん統計によると、生涯でがんと診断される確率は、男性63.3%、女性50.8%(2021年の罹患データにもとづく推定)。
⚠️なお、より新しい2023年の罹患データでは男性61.1%・女性50.1%と報告されている。年によって数字は動くが、どちらで見ても男の生涯リスクは6割を超える。
「2人に1人」という言い方をよく聞くが、男に限れば3人に2人に近い。
13年吸っていた俺にとって、これは他人事の数字ではない。タバコをやめても、がんの不安は消えなかったと前に書いたのは、そういうことだ。
② 治療費の「総額」は、思ったより小さかった
まず、がんの入院にかかる医療費の総額(保険適用前の全額)を見る。
| 部位 | 入院医療費の総額 | 3割負担なら |
|---|---|---|
| 胃がん | 688,874円 | 206,662円 |
| 結腸がん | 679,963円 | 203,989円 |
| 肺がん | 733,932円 | 220,180円 |
正直に言うと、俺が想像していた額より、ひと桁小さかった。
「がん=何百万円」というイメージがあったが、1回の入院の総額は70万円前後だ。3割負担なら20万円ちょっと。
そして、この20万円すら、実際には払わなくていい。ここから制度の話になる。
③ 2026年8月、高額療養費制度が変わった(ここが今回の本題)
医療費が高くなっても、窓口で払う額には上限がある。これが高額療養費制度だ。
そしてこの制度は、2026年8月に変わったばかりだ。これを知らずに古い記事を読んでいると、計算が合わなくなる。
変わったこと1:月の上限が上がった
厚生労働省の説明では、令和8年8月からの制度で、70歳未満・年収約370万〜510万円の人が医療費100万円の治療を受けた場合、自己負担は約9.3万円までに抑えられる。
年収約370万〜770万円の区分の計算式は、85,800円+(医療費−286,000円)×1%。
改正前は80,100円+(医療費−267,000円)×1%だったので、5,700円ほど上がったことになる。
変わったこと2:4か月目からは、44,400円で止まる
直近12か月のうち3か月以上上限に達すると、4か月目からは月44,400円まで下がる。「多数回該当」という仕組みだ。
今回の改正でも、この金額は据え置かれた。厚労省は「長期に治療を受けている人の負担を増やさないため」と説明している。
変わったこと3:🥇「年間上限」ができた
ここが今回いちばん大きい。
2026年8月から、1年単位の上限が新設された。月ごとの自己負担を積み上げていって、年間の上限に達したら、その年はそれ以上払わなくていい。(年間とは8月から翌年7月まで)
| 年収の区分 | 年間上限 |
|---|---|
| 〜約370万円 | 約36.9万円 |
| 約370万〜770万円 | 53万円 |
| 約770万〜1,160万円 | 約107.5万円 |
| 約1,160万円〜 | 約162.2万円 |
「がんになったら、いくらかかるのか分からない」という不安に、上限という答えが付いた。これが2026年8月に起きたことだ。
なお、会社の健康保険組合に「付加給付」があれば、これよりさらに下がる。俺が調べて医療保険を見直すことになった話は保険会社が絶対に言わない「付加給付」に書いた。まず自分の健保に付加給付があるかを見たほうがいい。
④ そこで計算した:タバコをやめた金で、何年分まかなえるか
俺が持っている数字はこれだ。
- タバコ:1日1箱 × 13年 = 約285万円を煙にした
- 2017年5月28日にやめて、今日で約9年。払わずに済んだ額は約213万円
これを、年間上限53万円で割ってみる。
| 俺の数字 | 金額 | 年間上限53万円の何年分か |
|---|---|---|
| 禁煙9年で浮いた額 | 約213万円 | 約4年分 |
| タバコに払った13年分 | 約285万円 | 約5.4年分 |
| パチンコに溶かした20年分 | 720万円 | 約13.6年分 |
電卓を置いて、しばらく黙った。
俺がパチンコ屋に置いてきた720万円は、がんの医療費の上限13年分だった。
「がんになったら金がかかる」と怯えながら、その金を先に、自分で店に置いてきていた。
ついでにもう一つ計算した。がん保険の相場は、40歳男性で月2,000〜5,000円ほど。仮に月3,000円を40歳から70歳まで30年払うと108万円になる。年間上限のちょうど2年分だ。
⑤ ここまでの話には、大きな穴が3つある
ここで終われば「貯金があれば保険はいらない」という気持ちのいい結論になる。
でも、調べれば調べるほど、そう単純ではなかった。穴を3つ、正直に書く。
穴1:年53万円の上限は「保険がきく治療」だけ
国立がん研究センターは、公的医療保険の対象外になる費用として、こう挙げている。
- 通院・入院時の交通費
- 保険適用外の治療(開発中の試験的な治療法や薬、医療機器を使った治療)
- 差額ベッド代、文書料(診断書など)、食費、日用品、医療用ウィッグ、家族の交通費・宿泊費
これらは1円も上限に含まれない。53万円は「治療費の上限」であって「支出の上限」ではない。
穴2:🔴 収入が半分になる
ここがいちばん大きい。
がんと診断された後、およそ3〜5人に1人が離職している。
そして民間の調査では、平均年収が診断前の約395万円から約167万円に半減していた。
年228万円の減収だ。医療費の年間上限53万円の、4倍以上。
つまり本当に効いてくるのは、出ていく金ではなく、入ってこなくなる金だった。
穴3:傷病手当金は「2/3を1年半」まで
働けなくなったとき、会社員には傷病手当金がある。ただし条件がある。
- 金額は、直近12か月の標準報酬月額を平均した額の30分の1の、そのまた3分の2
- 期間は、支給開始日から通算1年6か月まで
満額ではない。そして、永遠でもない。
残りの3分の1と、1年半を超えた先は、自分で埋めるしかない。
⑥ だから、がんになった人は「保険に入っておけ」と言う
ここまで調べて、最初の違和感の答えが出た。
がんになった人が「保険に入っておけ」と言うとき、その人は治療費の話をしていない。
治療費には上限がある。制度がちゃんと守ってくれる。本人はそれを、身をもって知っている。
言っているのは「働けなかった期間の話」だ。
給料が2/3になり、やがて止まり、それでも家賃と学費と食費は毎月来る。その穴のことを言っている。
そして「いくらかかったか」を言わない理由も、たぶんここにある。
治療費だけを聞かれても答えられないのだ。本当に減ったのは、通帳に振り込まれなくなった金額のほうだから。
⑦ で、貯金でまかなえるのか
俺の計算では、こうなった。
| 何のお金か | 年間いくら | 貯金で届くか |
|---|---|---|
| 医療費(高額療養費の年間上限) | 53万円 | ✅ 届く |
| 保険外の費用(差額ベッド・交通費など) | 数万〜数十万円 | 🟡 なんとか届く |
| 🔴 減った収入 | 約228万円 | ❌ ここが重い |
医療費は貯金で足りる。収入の穴は、貯金だけだときつい。
これが、数字を全部並べたあとに残った答えだ。
だから「保険はいらない」とも「入るべきだ」とも、俺は書かない。それはあなたの年収と、貯金額と、家族構成で変わる。俺が言えるのは、判断に必要な数字はもう出そろっている、ということだけだ。
ひとつだけ確かなことがある。
俺は、がんの医療費13年分にあたる720万円を、パチンコ屋に置いてきた。そして13年分のタバコ代285万円を、煙にした。
備えるという話をする前に、先に漏れているところがあった。
保険に入るかどうかを考える前に、俺がやることは、まだ残っている。
まとめ:数字だけ持って帰ってほしい
- 生涯でがんになる確率は男性63.3%・女性50.8%
- がんの入院医療費の総額は70万円前後(胃・結腸・肺)
- 2026年8月から、医療費の自己負担に「年間上限」ができた(年収約370万〜770万円なら53万円)
- 4か月目からは月44,400円で止まる(改正後も据え置き)
- ただし差額ベッド代・交通費・保険適用外の治療は上限に含まれない
- 🔴 がん診断後、3〜5人に1人が離職。平均年収は395万円→167万円
- 傷病手当金は2/3を通算1年6か月まで
まずやるべきは、保険の見直しより自分の健保に付加給付があるかを調べることだと思う。それはこの記事に書いた。
そして、もしまだ吸っているなら——禁煙すると保険料そのものが下がる。こちらのほうが、たぶん先だ。
40代、まだ間に合う。
【この記事で使った出典】
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(2026年7月31日更新)
- 厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」
- 国立がん研究センター「最新がん統計」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がんとお金」
- 全国健康保険協会「傷病手当金」
※制度は改正されます。実際の金額は、必ずご加入の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の窓口でご確認ください。この記事は個別の保険加入をすすめるものではありません。


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