正直に言う。
私が煙草を吸い始めたのは、かっこいいと思ったからだ。
18歳。バイト先の先輩が煙草をくわえながら夜風に当たっていた。なんか、大人に見えた。余裕がある感じがした。私も真似した。
それから15年間、吸い続けた。
やめた今、断言できる。
あれは幻想だった。
なぜ「煙草=かっこいい」という幻想が生まれたのか
映画だ。
ジェームズ・ディーン、アラン・ドロン、ハンフリー・ボガート。スクリーンの中のヒーローは煙草を吸っていた。煙をくゆらせながら、クールに決めていた。
日本なら任侠映画。高倉健が煙草をくわえて歩く姿は、たしかに絵になった。
広告もそうだ。マルボロのカウボーイ。ハードボイルドな男が荒野で煙草に火をつける。「煙草を吸う男=タフで自由」というイメージを、何十年もかけて植え付けた。
これはすべてタバコ会社が作った虚像だ。
マルボロのカウボーイを演じた俳優の何人かは、肺がんで死んでいる。
現実の「煙草を吸う人」はどう見られているか
2026年の日本で、煙草を吸う人はどう見られているか。
正直に書く。
- 「喫煙所に集まってる人たち、なんか必死だな」
- 「煙草くさい」と思われている
- 「自己管理できない人」と見られることがある
- 飲食店で席を選ばれない
- 恋愛で「煙草吸う人はちょっと…」と敬遠される
かっこよくない。
これは喫煙者を攻撃したいわけじゃない。私自身が15年間そうだったから書いている。吸っている間、私は「煙草を吸う自分はちょっとかっこいい」と思っていた。でも周りはそう見ていなかった。
やめてから、友人に言われた。と。
煙草を吸っていた頃の私は、近寄りにくかったらしい。かっこよかったんじゃなく、臭くて近寄りたくなかっただけだった。
「煙草=かっこいい」が成立した時代は終わった
かつては喫煙率が80%を超えていた時代があった。煙草を吸うのが「普通」だった。吸わない人が「変わり者」扱いされることすらあった。
今は違う。
日本の喫煙率は約16%(2023年)。5人に4人は煙草を吸わない時代だ。
多数派が変わった。
かつての「煙草を吸う=大人の証」は、今や「煙草を吸わない=当たり前」になっている。煙草をやめることで失うものは何もなく、得るものしかない時代になった。
本当に「かっこいい」のはどっちか
考えてみてほしい。
煙草を吸うために、
- 雨の日も寒い日も喫煙所に並ぶ
- 会議や映画の途中で「早く吸いたい」と焦る
- 禁煙席で落ち着かない
- 月2万円を煙に変える
- 健康診断のたびにビクビクする
これが「かっこいい」姿か?
煙草に支配されて、煙草のスケジュールに合わせて行動する。それは余裕じゃなく、依存だ。
本当にかっこいいのは、何にも支配されない人間だと思う。
煙草がなくても、酒がなくても、スマホがなくても、自分でいられる人間。
それが本物の余裕だ。
やめた人間だけが気づくこと
禁煙して1年以上たった今、こう思う。
煙草をやめたとき、「なにかを失う」と思っていた。かっこよさとか、落ち着きとか、自分らしさとか。
でも実際に失ったのは、依存だけだった。
得たのは——
- どこでも自由にいられる感覚
- 月2万円
- 朝起きたときの清々しさ
- 「煙草吸いたい」に支配されない時間
- 自分を大切にしている感覚
かっこよさは、煙草の中にはなかった。
煙草をやめた自分の中にあった。
あなたが煙草を吸い始めた理由は何だったか。
もし「かっこいいと思ったから」だとしたら——その幻想は、もう終わっていい。


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